ぼくらのじたん戦争

グ〜タン以降、ギミックゲム怖えぇ!!という戦慄と共に、何故ゆえにのみや担なのかという自問自答を繰り返す日々を過ごしております。どうも。
ジャニっこ愛好者にとって担当制度とはある種免れない業のようなものだと感じております。まずFC申し込みの時好きなタレント名というのを書かねばいけないという(私にとっては)踏み絵のような屈辱すら感じる行為を経てようやくファミリーになれるわけですから。ファミリー!何度か書いてるけど個人名を書くのが嫌過ぎて「なぜあらしと書いてはいけないんだぁ〜あああ。」と駄々をこねた末、おおのさとしとうっかり書きそうになった経緯があります。というか、誰が一番好きなんて考えられない!!と私も言い張ってしまいたい*1のですが、どうにもこうにも気になるアイツ。自分の中では特別な何かを感じる存在、それが自担というものなのではないかしらん。勿論好きで好きで恋しちゃってる、だからその人しか見えないのと言う乙女だって沢山いるとは思う。でもなー私は違うっていうか、だってにのみやの好きな部分*2も沢山言えるけど、逆にいけ好かない部分だって沢山言えるもん。万年中二脳なとことか言うてしまえばナルなとことかさ。いや、あの自分がいかにあまのじゃくかはご存知です。にのみやを好きな自分が恥ずかしいってこれなんで?
にのみやマジックに引っかかった当初間違いなくそれは一平によるものだったんだけど、役者としてのにのみやを好きなんだったらいっそパーソナルな部分、もっと言ってしまえばあらしである部分なんて見ないで演じている彼だけを見ていれば良いだけの話で。まああらしにゴロンゴロン転がっていったのにはにのみやだけにとどまらずあらしにはとてつもない魅力、女子にはない男子力というか嫉妬に近い羨望があってキラキラ輝いて見えたからなんだけど。それはまた別の話で。にのみやにはなにか言葉ではいえない『特別』があったんだと思う。その後パーソナルを知っていく上で何度か絶句するような衝撃を受ける場面に出くわすわけです。主に自分に興味ないなーい系。
きっかけはふじてれび!により、何で私あんなややこしくて面倒臭いにのみやがいいんだろう…。と再び悶々。それで、誰担だったら楽しくて毎日ハッピーかな?と思いを廻らせてみた。まず準担ともいえるさとぴ。私さとぴは目に入れても目から出してもちっとも痛くないほど溺愛してるんですが、いざさとぴがじたんであったら、実は一番気を消費するかもしんまい。さとぴは自己顕示欲がちーっともないから、誰よりも儚げで誰よりも心配。そう思うと気苦労は絶えないかも。じゃー翔さん。見てて一番安心するのが実は翔さんなんだな。私の中では。でも日々多忙な翔さんは膨らんだりしぼんだりするし、なにより加減を知らない男。これまた見ていてやきもきするかも。あいばちゃん。見てるだけで男子!笑ってるあいばちゃんを眺めるだけで幸せ夢気分になれるんだよ。でもあいば担の皆様をお見受けする限り仕事の心配がいつもあるようで、やりたい仕事を!と一番願ってるのってあいば担だと思う。ラスト潤たす。麗しいお姿にはうん…とため息ひとつもつきたくなるんですが、なにより彼はあらしきってのスポークスマン。その分バッシングだって多いだろうし、それに胸を痛めるのもツライなぁ。そして潤たすにはにのみやとまたちょっと違ったイタさ…ゲフンゴフン。やっぱ隣の芝は青いってことかも。そう考えれば、自担に対する気苦労って皆持ち合わせてるんでしょうな。皆様の意見聞いてみたい。そういうバトンあればいいのに。ってちょっと話題の着地点見失ってきた。『特別=自担』ってのは明白なんですがなにが『特別』かはこれからも時間をかけてじっくり考えてみたい事項です。以上無理矢理終わり!!

*1:し、実際そういう心づもりではある。だってあらしが大好っきゃねん!!

*2:参照→http://d.hatena.ne.jp/ari-kui/20081117/p1